第4章 シークレット・ゲスト
一方、速水ナナはベッドに寝そべり、新しく変えたネイルをうっとりと眺めていた。
気が済むまで眺めた後、ようやく電話をかけ、居丈高に問い詰める。
「一日経ったのよ。たかが動画の編集くらい、まだ終わらないわけ?」
電話の向こうの相手は驚いたように答えた。
「そもそも、人が送られてきていませんが」
速水ナナはガバッと起き上がった。
「何ですって?」
彼女は通話を切ると、すぐさま別の相手にかけた。
「どういうこと? あの子を私が指定した部屋に行かせるんじゃなかったの?」
電話口の相手は、ひどく気まずそうに答えた。
「行かせはしました。ですが、部屋を間違えたようで……私は707と言ったのに、彼女は101へ行ってしまったんです」
「あんた、どうやってチーフになったのよ? その滑舌の悪さでクレームの一つも入ってないわけ!?」
速水ナナは激昂して怒鳴りつけた。
苛立ちを隠そうともせず、激しく上下する胸を落ち着かせてから問いかける。
「で、101は誰?」
「少々お待ちを」
チーフがキーボードを叩く音がした後、申し訳なさそうな声が返ってきた。
「シークレット・ゲストとなっており、私には閲覧権限がありません」
腹の虫が治まらないナナは、もう一通り罵声を浴びせてから電話を切った。
チーフに権限がないということは、宿泊客は少なくともS市で指折りの大物ということだ。まさか速水ミオの分際で、運良く家柄の良い相手と寝たというの?
速水ナナは、欲しいものは必ず手に入れる主義だ。すぐに人を使い、101号室の正体を徹底的に調べさせた。
だが、調べれば調べるほど手掛かりがつかめず、彼女の心は焦りで満たされていった。
最後に数人の候補が絞り込まれた。私立探偵から送られてくる行動記録を一つずつ消去法で潰していくと、最後にある一人の名前が残った——黒崎統夜?
いや、あり得ない。
黒崎統夜は神出鬼没で、彼女があらゆる口実を作って近づこうとしても、顔を合わせることすら叶わなかった相手だ。よりによって速水ミオのような疫病神が、そんな幸運に恵まれるはずがない!
ナナは歯噛みしながら、黒崎統夜に関する資料を漁った。あるページをめくった時、手が止まる。写真に写っているシャツに、ひどく見覚えがあった。
目を細めて記憶を辿る。あれは速水ミオが着て帰ってきたシャツワンピースそのものではないか!
本当に黒崎統夜だったの!?
言葉にし難いどす黒い嫉妬が、ナナの脳天を直撃した。
かつて彼女が東雲カイとの婚約を急いで破棄したのは、黒崎家が黒崎統夜に結婚を急かしているという噂が流れたからだ。
東雲カイなどがいては、自分がさらに上流へ飛躍するチャンスの足枷になる。だからこそ、慌てて速水ミオを身代わりに差し出したのだ。
その後、黒崎統夜の噂が立ち消えになっても、彼女は彼との偶然の出会いを演出しようと画策し続けてきた。
なのに、なぜ速水ミオなの!
許せない。自分より良いものをミオが手にするなんて、絶対に許せない!
怒りと嫉妬に飲み込まれたナナの脳裏に、邪悪な考えが浮かんだ。
彼女は急いでランドリールームへ向かった。家族全員の汚れ物は、すべてそこに集められて処理されることになっている。
だが、三十分かけて探してもあのシャツは見つからない。それどころか、速水ミオの服が一枚もなかった。
まさかミオは相手の正体に気づいていて、これを機に成り上がろうとしているのでは?
言い知れぬ緊張感に襲われ、ナナは慌てて使用人を問い詰めた。
使用人はきょとんとした顔で答えた。
「お嬢様の服はずっとご自分で洗濯されていますよ。ナナ様が、これからは自分でやらせろと仰ったではありませんか」
言われてみればそんなこともあったと思い出し、ナナは自分の器の小ささを心の中で呪った。
彼女は別荘に戻り、深まっていく夜の闇を見つめながら、ある大胆な決断を下した。
真夜中。速水ナナはこっそりと速水ミオの部屋のドアを開けた。ベッドの上の寝息を確認すると、忍び足でバスルームへ向かう。隅に服の山が積まれていた。
月明かりを頼りに、その中からあのシャツを見つけ出した。心の中で歓喜の声を上げる。だが、横に積まれた他の汚れ物に目をやり、嫌悪感を露わにして眉をひそめた。
「汚らわしい。やっぱり家の洗濯機と一緒にしなくて正解だったわ」
「それが、こんな夜更けにこそこそと私の部屋に入ってきた理由? 悪口を言うためだけに?」
速水ミオの不意の問いかけに、ナナは息を呑んだ。
次の瞬間、バスルームの明かりがつく。
急な光に、二人は同時に目を細めた。
速水ミオは妹が手にしているシャツを見て、一瞬瞳を揺らしたが、すぐに平静を装った。
「その服は置いていって。今日は気分が悪くて洗えなかっただけだから、安心して」
速水ナナはとっさに言い訳を見つけ、そばにあった服を乱暴に掴み上げた。
「お姉ちゃんに免じて、今日は私が洗ってあげるって言ってるのよ」
彼女は服をひとかかえにしたが、顔に張り付いた嫌悪感は隠しきれていない。
速水ミオは眉をひそめ、取り返そうと手を伸ばしたが、かわされた。
「ナナ、ここには私たちしかいないの。姉妹ごっこは必要ないわ」
速水ミオには妹の相手をする気力も残っていない。
「もう寝て」
その寛大さを装った態度を見るだけで、ナナは吐き気がした。
夜の深さのせいか、それとも黒崎統夜という存在への執着か、ナナの理性が外れ、声に棘が混じり始めた。
「お姉ちゃん、まさか長年、自分が譲ってあげてたなんて思ってないでしょうね?」
速水ミオが顔を上げ、じっと彼女を見つめる。
「違うとでも?」
「笑わせないでよ。あんたみたいに自分の立場も変えられない弱虫が、綺麗事言わないで」
ナナの言葉は次第に毒を帯びていく。
「パパもママも、あんたの顔を見るだけで反吐が出るって言ってるの。私がいるから、あんたはこの家で無事に暮らせてるって、わかんないわけ?」
その表情は歪み、笑顔は醜悪だった。
速水ミオは呆然と彼女を見つめた。まるで赤の他人を見ているようだった。
二人が一番激しく喧嘩した時でさえ、双子の妹がこれほどの顔を見せるとは思わなかった。
記者を呼んだのが速水ナナの仕業だと推測した時でさえ、ミオは妹の悪ふざけが過ぎただけだと自分に言い聞かせていた。
だが、速水ナナの言うことも間違ってはいない。
両親がナナを溺愛しているという事実は変えられない。だからこそ、ミオは両親のその偏愛に迎合することでしか、彼らの関心を引くことができなかったのだ。
しかし今、彼女のこれまでの努力はすべて鋭利な刃となり、速水ナナの手によって彼女自身に突き刺さっている。
たった一日のうちに、見知らぬ男に犯され、記者に醜態を晒され、実の親に理不尽に虐げられ、親友にも疑念を抱かれ、そして今、実の妹に追い打ちをかけられている。
速水ミオは、自分の人生がどうしてこうなってしまったのかと愕然とした。
自分と瓜二つでありながら、決定的に異なるその顔を見つめ、静かに忠告した。
「物事には限度があるわ。寵愛を笠に着て、あまり勝手な真似はしないことね」
速水ナナは鼻で笑った。
「何言ってるの? まさか自分を、人を導く大善人だとでも思ってるわけ?」
「ナナ、私は大善人じゃない。ただあなたを妹だと思っているから、その横暴を許してきただけよ」
速水ミオは真剣に訂正した。
その言葉がナナの逆鱗に触れた。彼女は激昂し、金切り声を上げる。
「違う! 私が! あんたをここに置いてやってるのよ!」
怒りで震えながら、手にした服を見下ろし、叫んだ。
「小林さん! この部屋の服、全部捨ててちょうだい!」
小林さんは一瞬の躊躇もなく、人を呼んで入ってきた。
十分もしないうちに、クローゼットは空になった。
小林さんが最後の袋を抱えて出て行く際、速水ミオはドアの隙間から母親と目が合った。母は一つため息をつき、顔を背けて去っていった。
速水ミオにはもう、表情を作る力さえ残っていなかった。ただ淡々と速水ナナを見つめる。
「もういいかしら? 眠いの」
