第8章 世論は大騒ぎ

速水ミオと医師の約束のおかげで、一週間ごとに病院から電話がかかってくるようになり、速水ミオの健診を促した。

一ヶ月後。

速水夫婦は土気色の顔でソファに座り、速水ミオが一人で配車アプリを使って健診に向かうのを見送った。

「どうしましょう」

速水母は焦燥しきった様子で部屋をうろうろしていた。

「こっそり体を冷やすものや、流産しやすい食べ物を与えているのに、流産の兆候がないどころか、ますます健康になっているわ」

「あと一ヶ月もすればお腹が目立ってくる。他人に知られたら、速水家の顔が立たん」

速水父はタバコを揉み消し、憎々しげに言った。

「あんな恥知らずな女、あの日お前が止めなければ、絶対に速水家から叩き出してやったものを」

速水母はため息をついた。

「本当に追い出したら、速水家の体面が保てないだけでなく、東雲家との縁談も破談になってしまうわ」

速水父は怒りを募らせ、速水母に怒鳴った。

「じゃあどうしろと言うんだ!」

状況が悪化するのを見て、速水ナナはようやく猫なで声を出した。

「お父さん、お母さん、もう喧嘩しないで。いざとなったら、東雲家には私が嫁ぐわ」

「何だって?」

「ナナ、早まるんじゃない」

速水夫婦は声を揃えた。

「そうだよ、ナナ」

速水父が速水母の言葉を引き継いだ。

「東雲カイには嫁ぎたくないと、お前ははっきり言ったじゃないか。父さんたちが無理強いするわけないだろう」

速水母も彼女の手を握って慰めた。

「ナナ、心配しないで。ミオのことは、私たちが何とかするわ。とにかく、絶対にあなたに辛い思いはさせない」

「他に方法があれば、お父さんたちもこんなに悩んでないわ」

速水ナナは唇を噛み、決意に満ちた表情で速水夫婦を見た。

「お父さん、お母さん、安心して。もう覚悟は決めたの」

「ただ、うちは東雲家との婚約者を一度変えているから、また変えるとなると……でも大丈夫。東雲家がどんな扱いをしようと、私は文句なんて言わない」

「ただ、お父さんとお母さんがこれから平穏に暮らせることを願ってるわ。お姉ちゃんも出産したら心を入れ替えて、家業を手伝ってくれるといいんだけど」

速水ナナは目を赤くして言った。泣き出しそうなその姿は、大声で泣きわめくよりも見る者の心を痛めた。

速水父は眉をひそめ、タバコを深く吸い込んだ。

「速水ミオがあんなことをしでかしておいて、速水家の家業に携わる顔があるか! 今すぐ弁護士を呼んで遺言書を書き換える!」

「お父さん、そんな言い方しないで」

速水ナナは心の中でほくそ笑んだが、表面上は悲しげな表情を崩さなかった。

「お姉ちゃんのお腹の子は父親が誰かも分からないのよ。もし少しでも財産を持たせてあげなかったら、これから一人でどうやって生きていくの」

「どう生きようが勝手だ。とにかく速水家の財産は一銭たりとも渡さん。さもなければ、どこの馬の骨とも知れない男に貢ぐだけだ」

そう言って、速水父は電話で弁護士を呼び出し、遺言書の修正を命じた。

速水家には二人の娘しかいない。速水夫婦は以前から遺言書を作成しており、夫婦で株式の35%を保有し、残りの65%のうち、速水ミオが30%、速水ナナが35%を相続することになっていた。

今回、速水父は速水ミオ名義の株式をすべて速水ナナに譲渡し、彼女を一躍ハヤミ・グループの筆頭株主(持株比率65%)にした。

変更された遺言書を手に、速水ナナの目はまだ赤かったが、口元には得意げな笑みが浮かんでいた。

この株があれば、速水ミオが今後どうあがこうと勝てるはずがない!

彼女は部屋に戻るとすぐに東雲カイに電話をかけた。

「カイお兄様、婚約のことなんだけど……」

「ナナ、何も言わなくていい。誰が嫁いでこようと、僕の心には君しかいない」

東雲カイは急いで忠誠を誓った。

速水ナナは爪をいじりながら「馬鹿な男」と心の中で罵ったが、口調は蜜のように甘く従順だった。

「カイお兄様、そんなに優しくしてくれるなんて……。実は、もう隠しきれないことがあるの」

彼女は声を潜めていくつか言葉を囁いた。電話の向こうの相手は瞬時に激昂した。

「何だって?! 速水ミオが妊娠している?」

「カイお兄様、お父さんとお母さんはお姉ちゃんの名誉を守るために、このことを公にしたくないの。だから……」

言い終わらないうちに、受話器からはツー、ツーという切断音だけが聞こえてきた。

速水ナナは口をへの字に曲げ、携帯電話を放り出すと、ソファに寝転がって書き換えられたばかりの遺言書を眺めた。

数分後、書斎から大きな物音がした。

続いて、屋根を吹き飛ばすような速水父の怒号が響いた。

「速水ミオ、今すぐ帰って来い!」

速水ミオは健診を終えたところで速水父からの電話を受けた。また何の茶番かと訝しんでいると、周囲の人々が自分を見る目がどこかおかしいことに気づいた。

「彼女だろ?」

「みたいだな」

「速水家の長女なのに、婚約者がいながら他の男と遊び回ってたなんて」

「分かってないな、金持ちってのは遊び方が派手なんだよ」

「速水さんほどの容姿なら、一度遊べるだけでも価値があるってもんだ」

……

人々の噂話はますます遠慮がなくなっていった。速水ミオは苛立ちと疑問を感じ、なぜ自分が注目の的になっているのか分からず、足を止めて反論しようとした瞬間、携帯電話が再び鳴った。

画面を見る。

世論が炎上していた!

各報道各社が速水ミオの未婚妊娠を大々的に報じていた。

東雲カイは自身のSNSアカウントで自らコメントを発表していた。『私は速水家の長女と肌を重ねたことは一度もない。彼女のお腹の子がどうやってできたのかは知らない』と。

ほぼ同時に、東雲家は速水家との婚約破棄と、すべての業務提携の打ち切りを発表した。

速水家の門前には記者が溢れかえっていた。

速水ミオは仕方なく、庭の通用口から家に入った。

片足をリビングに踏み入れた瞬間、冷たい光が飛んできた。

ガシャン——

ガラスのコップが速水ミオの頭に直撃し、鮮血が瞬く間に頬を伝い落ちた。

顔の右半分が赤く染まり、前髪が血で額に張り付き、彼女の白い肌と相まって凄惨な様相を呈していた。

速水父は彼女を指差して怒鳴った。

「よくものこのこと帰って来られたな!」

速水ミオは手を上げて血を拭った。手の甲が一瞬で真っ赤になる。

「あなたが帰って来いと言ったんじゃない」

彼女の表情は淡々としており、平穏な顔には何の感情の起伏も見られなかった。

速水父は彼女のその態度に気が狂いそうだった。

「速水ミオ、東雲家の前で騒ぎを起こすなんて、まだ速水家に恥をかかせ足りないのか?」

速水ミオは鼻で笑い、視線を巡らせて、隅で喜びを隠しきれない速水ナナを捉えた。

「東雲家が一体どうやってこのことを知ったのか、誰かが東雲カイと通じていたんじゃないか。そういうことを調べもせずに、私が東雲家で騒いだと決めつけるの?」

速水父は言葉に詰まり、言い返せなかった。

速水ナナは悲しげに深いため息をついた。

「お姉ちゃん、東雲家との縁談が不満なのは知ってるけど、こんなやり方で破談にするなんて……これじゃ速水家の顔が立たないよ」

先ほどまで躊躇していた速水父は、その言葉を聞いて激怒した。

「お前以外に誰が東雲家に情報を流すんだ!」

「東雲カイに嫁ぎたくなくて、その野良犬の父親に嫁ぎたいとでも思ってるんだろう?」

「そこまで言うなら、速水家から出て行け。今日からお前はもう速水家の人間ではない。誰に嫁ごうと勝手にしろ」

「二度と速水家に関わるな!」

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