第3章
翌日、朝六時に目が覚めた。
もっとも、「目が覚めた」という表現は正確ではなかった。一睡もできなかったのだから。和也の裏切り、悟のプロポーズ、そして人生を変えるあの契約……すべてが映画のフィルムのように、頭の中で何度も再生されていた。
きっかり七時、一台の黒いトヨタ・クラウンが私のアパートの前に停まった。
運転手が私のためのドアを開ける。「藤原様がお待ちです、水原さん」
四十分後、私たちはセレブタウンにある隠れ家的なプライベートクラブに到着した。そこはまるで高級スパのようで、高価なエッセンシャルオイルの香りが漂っていた。
悟はすでに私を待っていた。
トレーニングウェア姿の彼は、スーツの時よりも若く見えたが、あの威圧的なオーラは変わらない。理由もなく心臓が高鳴り始める。
「時間通りだな」彼は腕時計に目をやり、唇の端をわずかに上げた。「気に入った」
彼の褒め言葉さえ、どこか遠くに感じられる……
最初に私を迎えたのは、映像城のエリート層を顧客に持つプライベート栄養士、高橋春樹だった。彼は無表情に、ハイテクな体重計の上に乗るよう私に合図した。
画面に残酷な数字が点滅する。
「200ポンド、体脂肪率38%、体内年齢45歳」春樹の口調は機械のように冷たかった。「30日で25ポンド減。糖質ゼロ、炭水化物ゼロ、言い訳ゼロです」
胃がキリリと痛んだ。「そんなの、無理です」
「藤原様の世界に、不可能はありません」春樹は厳格な食事プランを私に手渡した。「朝食はプロテインパウダーとほうれん草。昼食は鶏胸肉のグリルサラダ。夕食はサーモンとブロッコリー。以上。交渉の余地はありません」
まるで屠殺場に引かれていく子羊の気分だった。
次に現れたのは、スタイリストの鈴木麗子。彼女は批判的な目で私を値踏みするように見た。その一秒一秒が、私を穴があったら入りたい気持ちにさせる。
「あなた、全面的なイメージ改造が必要ね」彼女は顔に嫌悪感を浮かべながら首を振った。「これは骨が折れるわ……とんでもなくね」
彼女はユニクロのワンピースを手に取ると、嫌悪感を露わに投げ捨てた。
「18号サイズ? ありえない。16号も無理ね。14号を目指さないと」彼女はつぶやいた。「最終的には12号かしら」
一つ一つのサイズが、顔を平手打ちされるような感覚だった。和也に「デザイナーのサンプル品にすら体が入らない」と罵られた残酷な言葉を思い出し、私は服の裾を握りしめた。
「やっぱり、これは間違いだったんじゃ……」私はささやいた。
春樹と麗子は目配せを交わし、その苛立ちが透けて見えた。麗子は高価な服のサンプルを片付け始め、明らかに私を完全に見込みなしと判断している。
その時、戸口から悟の声がした。「何か問題でも?」
二人は即座に背筋を伸ばし、その態度は百八十度変わり、まるで別人のように恭しくなった。
「いえ、問題ありません、水原様に最適なプランを検討しておりました」
悟がこちらへ歩いてくる。彼の高い背が、きつい照明を遮った。その手がそっと私の肩に触れると、温かい感触に全身が震えた。
「プロセスを信じろ、絵里。俺の判断を信じろ」
彼の声に含まれた絶対的な権威は、一切の反論を許さなかった。傲慢な専門家たちが彼の前で頭を下げ、へりくだるのを見て、私はこの男が持つ力の本当の大きさをようやく理解した。
でも、その力は……本当に私を守るために使われるのだろうか?
トレーニングが始まった。悟の監視の目がある中で、私は一つ一つの動きに必死で食らいついた。
「スクワットのフォームが違う」彼は私の背後に回り、両手で腰を掴んだ。「背筋を伸ばせ」
彼の胸が、ほとんど私の背中に押し付けられる。薄いトレーニングウェア越しに、彼の体温が伝わってくる。大きな手が腰から腰骨へと滑り、私の姿勢を正していく。
「そうだ……ゆっくりと」声はすぐ耳元で聞こえ、温かい吐息が首筋にかかって、全身がぞくぞくした。
脚が震え始めた――それが運動のせいなのか、彼のタッチのせいなのか、自分でもわからなかった。
「集中しろ、絵里」彼は私の気の散漫に気づいたようで、手のひらで私の腰を軽く叩いた。「筋肉の動きを感じろ」
次はプランクだった。ヨガマットにうつ伏せになり、腕はすでに震えていた。
「そのままキープだ」悟は私の隣にかがみ込み、片手で私の背中を肩甲骨から腰のくぼみまで優しく撫で下ろした。「筋肉が緊張している。リラックスさせてやろう」
彼の指が背骨に沿って優しくマッサージを始める。その一つ一つのタッチが私の中に火花を散らし、崩れ落ちそうになる。
神様……これはまだトレーニングなの?
「深呼吸しろ」彼はさらに顔を近づけ、私は彼のほのかな男性的な香りさえ嗅ぎ取ることができた。「体が硬すぎる」
そう言うと、彼の手が私の両肩を覆い、親指が鎖骨の下で小さな円を描いた。私は思わず、くぐもった声を漏らしてしまった。
「いい子だ、そうやってリラックスしろ」彼の声はかすれ、手のひらが私の腕を滑り降り、指が絡み合った。私の体を支えるように。
私たちの指は固く絡み合い、彼の手のひらの硬さと温かさを感じた。この体勢は私たちの顔を数インチの距離まで近づけた――彼のまつげが数えられるほどに。
「絵里……」彼は私の名をささやき、その眼差しは熱を帯びていく。
その瞬間、私の腕は完全に限界を迎え、私は崩れ落ちそうになった。悟は即座に反応し、私の腰を抱きとめ、私たちをさらに引き寄せた。
彼の腕が私の腰を囲み、私の手は反射的に彼の胸を押さえていた。薄いトレーニングシャツ越しに、彼の筋肉の硬さと、力強い心臓の鼓動が伝わってくる。
「危ないな」彼は私を見下ろし、私たちの唇はほんの一センチしか離れていなかった。
私の顔は瞬時に真っ赤になり、心臓は胸から飛び出しそうなほど激しく鳴り響いた。
昼食時、目の前の味気ない鶏胸肉のサラダをぼんやりと眺めていると、突然携帯が鳴った。
和也からだった。
私は不安げに悟を見た。彼はわずかに頷いた。「出ろ。お前の新しい声を聞かせてやれ」
私は深呼吸をして電話に出た。
「絵里? どこに行ったんだ?」和也の声は焦っていた。「プロデューサーから休みを取ったって聞いたぞ。なあ、あの夜のことだけど……話せるか.......」
「話すことなんて何もないわ」私の声は驚くほど落ち着いていた。
短い沈黙の後、残酷な笑い声が聞こえてきた。
「ああ、なるほど。新しいパトロンでも見つけたか? 藤原悟がお持ち帰りしたんだろ? 教えてやるよ、お嬢さん、藤原悟はお前みたいな『作品』を集めるのが好きなんだ。改造が終わったら、興味を失くすのさ」
携帯を握る指の関節が白くなる。
いや……そんなこと、ない……わよね?
「里奈が言ってたぜ、彼の以前の……『作品』たちを見たってな」和也は悪意に満ちた声で続けた。「みんな消えたんだ。お前だけが違うとでも思うのか?」
その時、大きな手が私の手から携帯をひったくった。
悟の声は氷のように冷たかった。「五条さん、俺の婚約者のことより、ご自身の未来を心配された方がよろしいのでは?」
電話の向こうは完全に沈黙した。
悟は電話を切り、私の携帯を返した。しかし、私は呆然としていた。
婚約者? 彼は……婚約者って言った?
「覚えておけ、絵里」彼の声は再び柔らかくなり、指が優しく私の顎を撫で、無理やり彼を見上げさせた。「これからは、たった一人の意見だけを気にすればいい」
「誰の?」私の声はかろうじてささやきになった。
彼の親指が私の唇をなぞり、その瞳には何か読み取れない感情が揺らめいた。
「俺のだ」
でも……私に本当に藤原悟の婚約者になる資格があるのだろうか? それとも、これはすべてただのゲームなのだろうか?
心臓は高鳴っていたが、それが恐怖からなのか、それとも期待からなのか、私にはわからなかった。







