第1章

 教室のドアを開けた瞬間、私は言葉を失った。

 私の机の上はめちゃくちゃで、教科書は散らばり、ペンケースはひっくり返され、引き出しまで半開きになっていた。

 教室には奇妙に張り詰めた空気が漂い、数人のクラスメイトが隅に集まってひそひそと話しながら、時折こちらに探るような視線を投げかけてくる。

「何があったの?」

 私は訝しげに尋ねた。

 白石季穂が人垣の中から出てきて、整った顔に焦りの色を浮かべながら、私の腕をぐっと掴んだ。

「桜井さん! 私のティファニーのブレスレットがなくなったの!」

 私は瞬きをした。

「ブレスレット?」

「あの限定モデルのよ!」

 季穂の声は涙声だった。

「体育の授業の前にちゃんと机の上に置いたのに、今どこを探してもないの!」

 私の視線は、ぐちゃぐちゃに荒らされた自分の鞄に落ち、不吉な予感が胸に広がった。

「私の荷物、漁ったの?」

 季穂は顔をわずかに赤らめたが、すぐに平静を取り戻した。

「ごめんなさい、あまりに焦ってて。でも瞳、あなた体育の授業の途中で戻ってきたでしょ? 誰かがあなたがここを通るのを見たって……」

 教室の空気が、まるで凍りついたかのようだった。

 周りのクラスメイトからの異様な視線を感じる。その眼差しは針のように肌を刺した。

「蓮君!」

 季穂が突然、入り口に向かって叫んだ。

 神崎蓮がゆっくりと教室に入ってくる。彼の視線はまず荒らされた机を掠め、それから私の強張った顔に注がれた。

 季穂はすぐに蓮の隣に寄り添い、甘えるようなねっとりとした声を出した。

「蓮君、桜井さんはあなたの彼女なんだから、ブレスレットを返してくれるように言ってよ。あのブレスレット、私にとってすごく大事なの。十八歳の誕生日に……」

「もういい」

 私は彼女の言葉を遮った。怒りで声が微かに震える。

「私はあなたのブレスレットなんて取ってない」

「蓮君、何か言ってよ」

 季穂の目が赤くなる。

「私たち、家同士で小さい頃からの付き合いじゃない。私が人を陥れるようなことしないって、わかるでしょ……」

 蓮がようやく口を開いた。その声は人の心を凍らせるほどに平然としていた。

「ブレスレットがなんだ。俺がまた新しいのを買ってやる」

 彼は、私がブレスレットを盗んだという非難を、否定すらしなかった。

 私は硬直したまま蓮を見つめた。

「彼女、特待生だったっけ?」

「家がすごく貧乏なんだって……」

「体育の授業中、確かに戻ってきてたよな。何か取りにって……」

「確か父親が昔、工場の部品を盗んで足折られたとか……」

 クラスメイトたちの囁き声が、潮のように押し寄せてくる。

 私は入り口に立ち尽くし、全身の血が抜き取られたかのように、骨身に染みる冷たさだけが残った。

「やめて!」

 私は突然大声で叫んだ。

「取ってないって言ってるでしょ!」

 教室は一瞬で静まり返った。

 誰もが私を見ている。その目には、疑いの色が満ちていた。

 季穂は寛大なふりをして手を振った。

「まあまあ、このブレスレットぐらいどうでもいいわ。多分私が自分でなくしちゃったのね。この話はもうおしまいにしましょ」

「おしまいになんてできない!」

 私は季穂の腕を掴んだ。

「行くわよ、防犯カメラを確認しに!」

 季穂の目に一瞬、動揺が走った。

「瞳……それは、やめた方が……」

「何がやめた方がいいの?」

 私の声はどんどん大きくなる。

「私は自分の潔白を証明したいの!」

 蓮が私の髪をそっと撫でた。

「もういいよ、瞳。大丈夫だから」

「大丈夫?」

 私は彼の手を振り払った。

「これが大丈夫だっていうの? みんなが私を泥棒だって言ってるのに、それが大丈夫?」

「私が体育の授業中に戻ってきたのは、父が届けてくれたお弁当を置くためよ!」

 私の声は震えていた。

「誰のものにも触ってない!」

 蓮は私を見つめ、その目に複雑な色がよぎった。

「瞳、お前が何をしたとしても、俺が解決できる」

 私は目の前の男の子を呆然と見つめた。かつて「君を信じる」と言ってくれたその人が、今では「お前が何をしたとしても」と言っている。

 彼は、私が盗みを働くことを、当然のこととして受け入れている。

「防犯カメラを確認する」

 私は再び言った。声はもう冷静になっていた。

 蓮の顔に苛立ちが浮かんだ。

「そろそろその芝居、やめたらどうだ」

 彼はフッと笑った。その笑みは氷の刃のように鋭い。

「本当に取ってないのか? 確かこの間、バイト代が足りないって言ってなかったか?」

 雷に打たれたような衝撃だった。

「それに」

 蓮は続けた。

「教室の防犯カメラが昨日から壊れてて、今は確認できないってこと、知らないのか?」

 季穂がかつて言った言葉を思い出す。

『あなたと蓮君は、根本的に住む世界が違うのよ』

 彼女は正しかったのだ。

 どれだけ長く一緒にいても、どれだけ蓮が甘い言葉を囁いても、彼の認識の中では、私は金に困って盗みを働く貧乏な生徒でしかなかった。

 授業終了のチャイムが鳴った。

 混乱の中、誰かが机にぶつかり、父が心を込めて作ってくれたお弁当箱が床に落ちた。ご飯とおかずが辺りに散らばる。

「金に困ってるなら、一言言ってくれればよかったのに。どうしてこんなことを?」

 蓮の声が頭上から響く。

 私はお弁当箱を拾い上げ、彼を突き飛ばした。ついに涙が堰を切って溢れ出す。

「神崎君、私の家は貧乏です。でも、盗みはしません!」

 そう言い放ち、私は振り返りもせずに教室を飛び出した。

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