私たちの心を結んだループ

私たちの心を結んだループ

間地出草 · 完結 · 29.1k 文字

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紹介

白沢高校(しろさわこうこう)のロッカーを開けた瞬間、憎しみのこもった手紙が雪のように舞い落ちた。
「殺人犯の娘」「お前の父親が子どもたちを殺した」「お前も同じように死ね」――。
三週間前、星川こども病院(ほしかわこどもびょういん)の新棟が崩落し、父・高橋健司(たかはし けんじ)が設計ミスの疑いで世間から非難を浴びて以来、嫌がらせは止まらなかった。

廊下で膝をつき、必死に手紙をかばんへ押し込む私の前を、かつての友人・森沙耶香(もり さやか)が冷たく通り過ぎる。
そんな中、唯一手を差し伸べてくれたのは、高村陽翔(たかむら はると)――白沢高校水泳部のキャプテンで、二か月前の練習中の事故で下半身不随となった彼だった。

しかし、私は知っている。
陽翔は、私が命を絶とうとした夜、必ず水に飛び込み助けようとする。
そして、私たちは二人とも溺れ、意識を失い、なぜか時間が巻き戻る――事故のあの日へ。

これは、終わらない死と罪と愛のループから抜け出そうとする二人の物語。
運命を変えるため、私たちは何度でも泳ぎ出す。

チャプター 1

  ロッカーのダイヤルを回す手が震えていた。このクソみたいな状況が三週間も続いている。今日こそは何か違うんじゃないかって、そんな希望を抱き続けていた。メモが止まるかもしれない。みんなが忘れてくれるかもしれない。私がまたただの「高橋真耶」に戻れるかもしれない。「殺人者の娘」じゃなくて。

 ロッカーを開けると、紙片がそこら中に散らばった。

 「人殺しの娘」「お前の父親が子供たちを殺した」「血塗られた金」

 私は膝から崩れ落ち、誰にも見られる前にと必死でそれをかき集めた。だが、手遅れだった。

 「あら、見てよ。真耶がラブレターのお掃除してる」

 「あの子たち、まだ入院してるのよ」

 「あんたの父親、もう賠償金の計算してるんじゃない?」

 私は俯いたままだった。中学からの知り合いだった子たち。沙耶香は昔、私の数学の宿題を見せてもらってたのに。今では目も合わせようとしない。

 父さんは賄賂なんて受け取らない。高橋健司は街で一番慎重な建築家だ――何でも二度、時には三度もチェックする。でも三週間前に小児科病棟が崩落したとき、ニュースは誰かを責める必要があった。地方出身の建築家? 格好の的だ。

 「真耶?」

 高村陽翔が私の隣にしゃがみ込み、メモを拾うのを手伝ってくれた。学校の人気者の陽翔。水泳部の部長で、二ヶ月前の練習中に下半身麻痺になった彼。よりにもよって、そんな彼が私に優しさを見せてくれるなんて。

 「大丈夫だから」私は紙を握りしめて立ち上がった。

 「これは君のせいじゃない。捜査だってまだ――」

 「やめて」私は彼に向き直った。「そんなことしなくていい」

 彼の表情が曇ったが、それでも諦めなかった。「君のお父さんがやったなんて、みんなが思ってるわけじゃない」

 彼を見つめていると――誠実で、傷ついた陽翔を――背筋が凍るような考えが頭をよぎった。もし私が、いなくなってしまったら? そうすれば、全部終わるんじゃないか。

 その夜、私は決心した。

 月明かりの下、プールは真っ黒に見えた。昼間の、塩素の匂いが立ち込める明るい賑わいとはまるで違う。裸足で水際まで歩き、暗い水面に映る自分の姿を見つめた。

 母さんはここ何日も弁護士以外とは話をしていない。昨日、寝室のドア越しに母さんの泣き声が聞こえた――叫び声よりも胸が痛む、静かで、途切れ途切れの嗚咽だった。もしかしたら、母さんも安堵するかもしれない。私たちの壊れた人生を思い出させるものが、一つ減るのだから。

 父さんは保釈を待って留置場にいる。最後に会ったとき、こう言われた。「真耶、何があっても、お前はずっと俺の大切な娘だ」

 でも、私はもう誰かの可愛い娘でいるのに疲れた。

 水は凍るように冷たかった。私はプールの深い方へ向かって歩いた。一歩進むごとに、覚悟は固まっていく。芝居がかっているわけじゃない――私はもう十七歳で、自分で決められる年齢だった。

 息を吸い込み、水中に身を沈めた。

 水が鼻に、肺に流れ込んでくる。私は抵抗しなかった。ただ、焼けるような痛みが止まるのを待った。

 これは安らかなはずだった。思ったより痛いけど、もうすぐ終わる……。

 盛大な水しぶきが上がった。力強い腕が腰に回され、私を上へと引きずり上げる。水面に顔を出すと、咳き込み、必死に息を吸った。

 「真耶! 何してるんだ!」

 陽翔だった。その顔は恐怖と絶望に歪んでいた。

 どうして彼がここにいるの? どうしていつもヒーローになろうとするの?

 「離して……」

 「絶対に離さない」彼は私を水際へと引き寄せた。「君を行かせるもんか」

 その時、彼の体がこわばった。そして沈み始めた。

 そうだ。彼は下半身麻痺だった。一体なんで飛び込んできたの?

 何かが見えない手のように私たち二人を底へ引きずり込んでいく。再び水が口に流れ込む。でも今度は、陽翔がむせび、もがくのが聞こえた。彼は私のせいで死ぬ。私は一人で死にたかったのに、誰かを道連れにするなんて。

 すべてが暗転した。

 次の瞬間、私は見学席に座っていた。

 窓から太陽の光が差し込んでいる。腕時計は午後三時十五分を指していた。これは二ヶ月前――陽翔が怪我をした日だ。

 私は心臓を激しく鳴らしながら、勢いよく立ち上がった。ありえない。私たちは二人とも溺れたはずだ。なのに眼下のプールには、陽翔がいる。黄金のように輝き、完璧で、生きている。何事もなかったかのようにクロールで泳いでいる。

 まだ、何も起きていないから。

 私はすべてを覚えていた――溺れたこと、彼の怯えた顔、一緒に沈んでいった感覚。これは夢じゃない。私は始まりの時に戻ってきたんだ。

 あと十分で、陽翔はターンの際に壁に激突する。肩の脱臼、脊椎損傷、そして下下半身麻痺。その怪我のせいで、彼は二ヶ月後に私たち二人を助けることができなかった。

 脈が速くなる。もし今、私が彼を救って怪我を防げば、後で彼は私を引き上げるだけの力を持っていることになる。彼が私を救ってくれれば、私は死なずに済むし、このループからも抜け出せる。

 でも、私は救われたいんだろうか?

 私は再び腰を下ろし、冷徹に考えた。陽翔を救い、後で彼に助けてもらい、地獄のような生活に戻る。あるいは、このまま何もせず、彼が怪我をするのを見過ごし、二ヶ月後に、彼が追って来られないどこかでもっと良い死に方を見つける。

 陽翔は美しく、そして破滅へと向かいながら、水の中を切り裂いていく。自分の人生が私の手の中にあることなど、知る由もなく。

 今度は私があなたを救ってあげる、高村陽翔。強くて健康なままでいさせてあげる。

 私を助けられないようにね。

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絶望の中で目にしたのは、かつて母が手にした科学界の最高栄誉であるトロフィー。
その輝きが、私に本来の自分を思い出させた。

私はエプロンを脱ぎ捨て、白衣を纏う。
もう誰かの妻でも、母でもない。一人の科学者として、世界を驚かせるために。

数々の賞を総なめにし、頂点に立った私を見て、元夫は顔面蒼白で崩れ落ちた。
震える声で私の名前を呼び、足元に縋り付く彼。

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