誤った診断が私の命を救った物語

誤った診断が私の命を救った物語

大宮西幸 · 完結 · 24.5k 文字

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紹介

がんは私の死刑宣告のはずでした。しかし、それは私の解放となりました。

私はすべてを手に入れていると思っていました—富、地位、グリニッジの上流社会での絵に描いたような生活。そして、すべてを変えることになる診断が下されました——余命6ヶ月。しかし、人生の最終章に直面したとき、私は末期疾患よりも衝撃的な真実を発見しました—隣で眠っていた男は、ゆっくりと私の魂を殺していたのです。

失うものが何もなくなったとき、あなたは自分がどれほど強くなれるかを正確に知ることになるのです。

チャプター 1

 革張りの重厚な椅子に深く腰かけ、これから告げられるであろう、私のすべてを覆すその結果を待っていた。

「残念ながら、検査結果はあまりに明確です、天野さん」松下医師は静かに告げた。「膵臓がんのステージ4。……余命は、半年といったところでしょう」

 震える指の間から、スマートフォンがするりと滑り落ちた。大理石の床に叩きつけられ、甲高い音とともに液晶画面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

「半年……」かろうじて、掠れた囁きが漏れた。「本当に、ですか……?セカンドオピニオンを……」

 松下医師の同情的な、しかし揺るぎない視線が変わることはない。「私もこれまで数多くの症例を診てきましたが、今回の検査結果は、疑いようがありません。最新のAI診断支援システムも、複数の異常マーカーを検出しています。治療方針については、これからじっくりと話し合いましょう。ですが……率直に申し上げて、この段階では緩和ケアが中心になるかと」

 緩和ケア。それは、死にゆく者の苦痛を和らげるというだけの、残酷な言い換えに過ぎない。

 私は、ただ呆然と頷くことしかできなかった。

 西京にある屋敷までの道のりが、これほどまでに遠く感じられたことはなかった。

 家にたどり着くと、天野誠也はキッチンにいた。イタリア産大理石のカウンタートップに建設関連のものらしいスプレッドシートを広げ、ノートパソコンの画面を睨みつけている。

「誠也?」まだ震えの収まらない手で、そっと鍵を置く。「話があるの」

 彼が顔を上げた。かつて私を射抜いたはずの黒い瞳が、今はもう見慣れてしまった苛立ちの色を浮かべて細められる。

「なんだ、奈々未。会社のプロジェクトで忙しいんだ」

「今日、松下先生のところへ行ってきたの」言葉が喉の奥でガラスの破片に変わる。「大事な話が――」

「ふざけるな!」彼の怒声がキッチンに響き渡った。「俺に黙って医者に行ったのか?それがいくらかかるか分かってんのか!」

 胃の腑を掴まれるような、いつもの感覚がこみ上げてくる。

「誠也、お願い。聞いて。私、癌なの」

 彼の顔に、ほんの一瞬でも心配の色がよぎらないか。七年前に恋に落ちた男の面影が、どこかに残ってはいないかと探した。だが、彼の表情は計算高く、冷酷なものへと変わっていくだけだった。

「癌?」その口調は平坦で、事務的ですらあった。「どこのだ」

「膵臓。ステージ4よ」数字を口にするとき、声がひび割れた。「お医者様は、あと半年だって……」

 誠也は長いあいだ黙り込んでいた。一瞬、絶望的な希望の光が胸をよぎる。もしかしたら、これをきっかけに何かが変わるかもしれない。私の死を前にして、私たちがかつて分かち合った温かいものを、思い出してくれるかもしれない。

「治療費がいくらかかるか、分かってんのか?」彼がついに発した言葉は、氷のように冷たかった。「雅樹の学費と事業の経費で、うちはもうカツカツなんだぞ」

 淡い希望の光は、瞬時にかき消された。

「カツカツですって?誠也、私の実家の資産は四十億円以上あるのよ」

「それはお前の実家の金だろうが」彼は吐き捨てるように言うと、椅子が大理石の床を擦るけたたましい音を立て、勢いよく立ち上がった。「それが問題なんだよ、クソが。お前は俺に相談もなしに勝手に医者にかかって、治療方針を決めて、好きに金を使えると思ってんのか?お前の親父の石油マネーが全部払ってくれるからって、夫への敬意も必要ないと、そう思ってんのか!」

 私が何か言い返すよりも早く、乾いた音が響くのと、彼の平手が私の頬を打ったのは、ほぼ同時だった。鋭い破裂音がキッチンにこだまする。じん、とした痺れが走り、じわりと口の中に鉄錆の味が広がった。

「私……」私はどもった。「あなたに、ただ知ってほしかったの。私、死ぬのよ、誠也」

 彼の顔が、醜い怒りで歪んだ。

「死ぬだと?ああ、そうだな!てめえは死ぬんだよ!だがな、俺の金を使って死ぬんじゃねえぞ!死にかけの哀れな妻を演じたいってのか?いいだろう。だが、俺のルールに従ってもらう」

「お母さん、どうして泣いてるの?癌って、なあに?」

 雅樹の声が、ナイフのように張り詰めた空気を切り裂いた。

 十二歳になる息子が、キッチンの入り口に立っている。西京学園の制服は完璧に着こなされ、肩からは通学鞄が提げられていた。

 私の父によく似た理知的なその瞳が、目の前の光景を捉え、みるみるうちに困惑の色に染まっていく。

 誠也は瞬時に仮面を被った。西京の社交界を虜にする、あの人当たりの良い請負業者の顔に。

「お前の母さんは大げさなんだよ、雅樹。注目を浴びたくて病気のふりをする人間もいるんだ」

「雅樹、お母さんは少し具合が悪いだけなの。でも――」私は息子に手を伸ばしながら言いかけた。

「あいつの頭にくだらんことを吹き込むな、奈々未」誠也が私の言葉を遮った。その声には、血も凍るような警告が込められている。「雅樹、部屋に戻って宿題をしろ。母さんと父さんは、大人の話をしている」

 息子が戸惑いに顔を歪めながらキッチンから後ずさりするのを見ていた。階段を上っていく彼の足音の一つ一つが、私の心が砕ける音のように聞こえた。

 午後十時半、私は指の関節が白く浮き出るほど強くハンドルを握りしめ、暗い西京の通りを櫻木湾へと走らせていた。

 車を停め、長い時間、十二メートル下の暗い海面で白い波が岩に砕け散っては、また吸い込まれていくのをただ見つめていた。

 膝の上には、震える文字で書きなぐった一枚の紙があった。

『私の愛する雅樹へ。お母さんは、空に浮かぶすべての星よりも雅樹を愛しているわ。あなたの前で強くいてあげられなくて、本当にごめんなさい。どうか、これは雅樹のせいではないということだけは忘れないで……』

「こっちの方が、いいのかもしれない」誰もいない車内で、私は囁いた。「雅樹は、私が苦しみながら死んでいくのを見なくても済む……」

 しかし、その言葉を口にしながらも、何かが違うと感じていた。私は本当に雅樹のためにこれをしようとしているのだろうか。それとも、もう戦う気力もないほどに、ただ壊れてしまっただけなのだろうか。

 午後十一時十五分、コートのポケットでスマートフォンが震えた。

 一瞬、無視しようかと思った。今さら何が重要だというのだろう。しかし、半ば習慣で画面に目をやった。

 メッセージは木村正志からだった。三ヶ月前、夫への疑念に駆られて雇った私立探偵だ。

 誠也が何かを隠している。そう感じ始めた私に代わって、木村は静かに夫の行動を探っていた。

「天野さん――ご依頼の件、確認が取れました。帝国ホテル、スイート1205号室。残念です」

 そのメッセージに添付されていたのは、全身の血の気が引くような三枚の写真だった。

 ホテルの廊下で、女の腰に手を回す誠也の姿。スイート1205号室と記されたドアに、その同じ女を壁際に押し付けてキスをする誠也の姿。そして三枚目には、昼間のように鮮明に、その女の顔が写っていた。

 長橋遥。

 私の従妹の長橋遥。離婚して「立ち直る」までの間と言って、この二ヶ月間、うちの客間に居候していた。昨夜も我が家の食卓につき、私の健康を心から心配そうな顔で尋ねてきた、あの長橋遥。

「……あの、クズ野郎」写真が涙で滲むまで見つめながら、私は囁いた。「最低の、人間のクズ」

 胸の奥底から、マグマのような怒りが湧き上がってきた。今まで感じたことのない、灼けつくような激情だった。それは絶望も、自己憐憫も、諦めも、すべて焼き尽くしていく。

 私は癌の診断を受け、絶望のあまり自殺しようとしている。その同じ時間に、私の夫は、私の実家から出た金で、私の従姉と情事に耽っていたのだ。

 さっき遺書に書いたばかりの星々──その同じ星々をフロントガラス越しに見上げると、自分の中で何かが決定的に変わるのを感じた。

「どうせ死ぬのなら」私は夜空に向かって、静かに、しかしはっきりと告げた。「あんたを道連れにしてやるわ、天野誠也」

 車に戻ると、写真を安全なメールアカウントに転送してから、スマートフォンからすべてのデータを削除した。

 それから、膝の上の遺書を細かく、細かく引き裂き、窓から放った。紙片が紙吹雪のように夜の闇に吸い込まれていくのを、冷めた目で見つめた。

 スマートフォンのブラウザを開き、検索窓に打ち込む。

「西京 トップ 離婚弁護士」

「西京 不正調査会計士」

「民間警備会社」

 人気のない西京の通りを引き返す道すがら、奇妙なほどの静けさが私を包んでいた。

 あの崖へと車を走らせた、怯え絶望していた女はもういない。彼女の代わりにシートに座っているのは、天野誠也が決して知ることのない女。死という絶対的な終焉が、皮肉にもある種の自由を授けるのだと悟った人間だった。

 しょせん、死んだ女だ。失うものなど、もう何一つないではないか。

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「覚えているか?お前は言ったんだ―『死以外に、私たちを引き離せるものはない』とね」

薄暗い光の中、影を落とした彼の顔を見つめながら、
私は現実感を失いかけていた。
「もし...私が本当に死んでしまったら?」