紹介
結婚5年目の夫は、私の目の前に写真を突きつけ、冷酷に言い放った。
「さもなくば、数百万人のファンにバラすぞ。お前が薄汚い老人と戯れている、この恥ずかしい写真をな!」
……え?
私は愕然として顔を上げた。
数百万人のフォロワーを持つ人気スターである私を陥れるため、夫は捏造されたスキャンダルをネタに脅迫してきたのだ。
しかも、その理由は私が彼のために雇った介護士の女と一緒になるため。
夫は私を裏切り、愛人のために席を空けろと迫っている。
絶望する私のお腹に、彼の子である双子が宿っているとも知らずに。
チャプター 1
「立花柚月、さっさと離婚届に判を捺せ! でなきゃ、この写真をばら撒くぞ。一千万人ものファンを抱える大スター様が、かつて薄汚いジジイにどんな辱めを受けたか、世間に知らしめてやる!」
「なっ……」
柚月は驚愕し、信じられない思いで顔を上げた。
目の前にいるのは、結婚して五年になる夫だ。
あろうことか、彼は私が雇った介護士の女と不倫関係になり、その相手のために私を追い出そうとしているのだ。手段を選ばずに。
「とぼけるな。穢れた女が俺の妻でいられると思うか?」
黒田大河は冷笑を浮かべ、分厚い封筒を取り出した。
それはかつて、柚月が性的暴行の被害に遭った際の記録だった。
中には、あの男がどうやって彼女のスカートを引き裂き、どのように首筋や胸に噛みつき、そしてどこへ手を伸ばしたかが詳細に記されている。
さらに、事後の診断書や証拠写真までもが収められていた。
かつて大河は、裁判で勝つために必死でこれらを集めてくれた。
だが今、それは彼女を屈服させるための凶器へと変わっていた。
柚月は怒りで全身を震わせ、ようやく声を絞り出した。
「こんなもので脅して離婚させる気? 私を愛してないのは分かったわ! でも、翔はどうなるの? こんなものが世に出たら、あの子の将来はどうなると思ってるのよ!」
しかし、大河は鼻で笑った。
「翔だと? よくもぬけぬけとその名を口にできたな。俺が昏睡状態だった間、あいつをどうやって孕んだのか、胸に手を当てて考えてみな!」
全身の血が逆流するような感覚に襲われ、柚月は耳を疑った。
彼女は大河の襟首を掴み、怒鳴りつけた。
「どういう意味よ!」
「言葉通りの意味だ、立花柚月! どこの馬の骨とも知れないそのガキは、俺にこれっぽっちも似てないだろうが! 今まで黙っていたのは、夫婦としての最後の情けだ。俺が気づいてないとでも思ったか?」
大河は彼女を突き飛ばした。その瞳には軽蔑と、見下すような色が浮かんでいる。
「エイズ持ちの母親に、白血病の息子……どうしようもなくなって俺にしがみついているんだろうが、俺がそんな金づるになってやる義理がどこにある?」
彼はあくまで冷静に事実を述べているつもりだった。
だがその一言一句は鋭利な刃物となり、柚月の心の最も痛い部分を正確に抉った。
激しい後悔が押し寄せた。あの日、大河とのハネムーンになど行かなければよかったのだ。
出国さえしなければ、あの暴動に巻き込まれることもなかった。
私の顔が傷だらけになることも、大河が記憶を失うこともなかったはずだ。
何より、彼が高額で雇った介護士に惚れ込み、自分の実の息子を「どこの馬の骨とも知れない子」などと罵ることもなかったのに!
「黙りなさい!」
柚月は目を血走らせ、身分証を取り出して彼に投げつけた。
「離婚でしょう? 望み通りにしてあげるわよ!」
市役所の窓口。
「離婚届の提出ですね。本人確認のため、婚姻届の受理証明書をお願いします」
柚月は苦渋の表情で口を開いた。
「証明書は……破り捨ててしまって……」
大河は苛立ったように眉を寄せた。
「どこで再発行できるんだ?」
男がこれほどまでに離婚を急いでいる姿を見て、柚月の心は針で刺されたように痛んだ。
かつて結婚した時、その証明書を真っ先に破り捨てたのは大河だった。
『こうすれば、二度と離婚なんて言えないだろ。俺たちは一生添い遂げるんだ』
そう言って笑っていた男が、今では約束を反故にしようとしている。
手続きは三十分もかからずに終わった。
「家は俺のものだ。荷物は早いうちにまとめて出て行け」
大河は一刻も無駄にしたくないと言わんばかりに冷たく言い放ち、きびすを返した。
その背中に、柚月のかすれた声が投げかけられた。
「分かったわ。ただ……いつか記憶が戻った時、後悔しないことを祈ってる」
後悔?
ありえない。
大河は鼻で笑い、振り返りもせずに外へと歩き出した。そこで待っていた園田麻衣の腰を抱き寄せる。
柚月はガラス戸の内側に立ち尽くしていた。かつて自分を深く愛してくれた夫が、別の女を抱き上げ、楽しげにくるくると回る姿を見つめる。
二人は手をつないで路上の駐車スペースへと歩き、トランクから大きな赤いバラの花束を取り出した。
「麻衣、やっと自由になれた! 愛してる。これからの人生は君のために捧げるよ! 俺と結婚してくれ!」
眩しい陽光の下、大河は片膝をつき、晴れやかな笑顔を見せた。
掌のケースの中で、ダイヤモンドの指輪が輝いている。
道行く人々が足を止め、拍手と歓声を送っていた。「受けてやれ!」「おめでとう!」
その賑わいを、柚月はただ滑稽だと感じていた。
大河の焦りようも、これまでの自分の努力も執着も、すべてが馬鹿げている。
彼女は長く息を吐き出した。心はもう凪いでいた。立ち去ろうとしたその時、病院から電話が入った。
『翔くんの容態が急変しました。最善を尽くしていますが、あと三ヶ月持つかどうか……。適合するドナーが見つからなければ、その時は……』
柚月は瞬時に取り乱した。
「病状は安定していたはずでしょう!? どうして急に!」
『白血病自体、予測不能な要素が多い病気です。至急、お父様に連絡して適合検査を受けてもらってください』
黒田大河……。
柚月は勢いよく振り返った。
視線の先では、大河が麻衣の指に指輪をはめ、立ち上がって熱烈なキスを交わしているところだった。
柚月は乾いた笑い声を漏らし、やがてその目尻から涙がこぼれ落ちた。
翔のことを「どこの馬の骨とも知れない子」と罵ったあの男が、息子の生死を気にかけるはずがない。ドナー検査になど来るはずがないのだ。
「……分かりました。急ぎます」
電話を切ると、柚月は壁にもたれかかり、その場にしゃがみ込んだ。
彼女は強く目を閉じ、長年連絡を絶っていたある番号を呼び出した。
「……結婚してもいいわ。その代わり、翔を助けて」
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