私がゆっくりと死にかけているというのに、彼らは彼女を助けることを選んだ

私がゆっくりと死にかけているというのに、彼らは彼女を助けることを選んだ

渡り雨 · 完結 · 15.6k 文字

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紹介

足が滑ったその瞬間、私は何の反応もできなかった。

体は重々しく床に叩きつけられ、後頭部を襲った激痛に意識を失いかけた。冷たい床に横たわったまま、喉が締め付けられ、助けを呼ぶことさえできない。

駆け込んできた母は、私には目もくれなかった。

母はすぐに結衣を抱きかかえ、病院へ連れて行った。私は最も重要な治療のタイミングを逃し、病院へ向かう途中で死んだ。

チャプター 1

 目黒先生の車で病院へ搬送されながら、私の命が尽きようとしていたその時、魂はふわりと抜け出し、病室にいる母さんの元へと飛んでいった。

 彼女は妹の冬木結衣のベッドの脇に座り、その手をしっかりと握りしめていた。

「私の大事な天使ちゃん、足首はまだ痛む?」

(母さん、私もここにいるのに。私はもう、死んでしまうのに……)

 だが、冬木美佐子の眼差しは、ただひたすらに最愛の娘だけへと注がれていた。

 結衣は枕に背を預けていた。病衣姿も相まって、その様子はいかにも儚げに見える。

「痛みがひどくなってるの、ママ」

 と彼女は弱々しく訴えた。

「でも、私、頑張って我慢するわ」

 母の瞳が涙で潤む。

「心配しないで、愛しい子。ママが最高の治療を受けさせてあげるからね」

 結衣の演技は、いつだって完璧だ。

 その時、扉が勢いよく開いた。父が皺だらけのスーツのまま駆け込んでくる。

「あの子はどうだ? 怪我の具合は?」

「よかった、来てくれたのね、隆」

 母が言う。

「私たちの可哀想な天使には、私たちが必要なのよ」

 二人とも、私のことなど尋ねもしない。一度たりとも。

 家政婦の松島が、部屋の隅で居心地悪そうに身じろぎした。やがて、意を決したように口を開く。

「奥様、沙織お嬢様もひどいお怪我を。頭を強く打たれて……」

「結衣の方がもっと苦しんでいるのが分からないの?」

 母の声が鋭く響いた。

「それに、結衣を突き飛ばしたのはあの子じゃない」

 私の心は粉々に砕け散った。死してなお、私は「邪魔な娘」のままだったのだ。

 母はかかりつけ医の目黒先生に電話をかけた。

「目黒、今すぐここに来てちょうだい! 結衣にはあなたが必要なの! あまり知らない医者より、あなたのほうがいいわ」

「冬木夫人、私は今、沙織を病院へ搬送しているところです。頭部の損傷が深刻で、一刻も早く……」

「あの子が怪我? そんなわけないでしょう? ダンスの練習中にわざと結衣の足を引っ掛けて、あんなに痛がるほど泣かせたくせに。私が問い詰めても、あの子は一言も喋らなかったのよ」

 母は厳しい口調で言った。

「今すぐあの子に代わりなさい!」

 目黒先生の戸惑う声が聞こえた。

「奥様、彼女はもう意識がほとんど……」

「あの子に言いなさい。結衣が入院することになったのは、お前のせいだとな!」

 言い返したかった。潔白を主張したかった。けれど、私の体はもう言葉を発することができなかった。

 母はそこで電話を切った。

「ママ? パパ? 沙織は……沙織は大丈夫なの?」

「あんな子のことをまだ心配するの?」

 母は結衣の髪を優しく撫でた。

「ママ……」

 結衣の声が震える。

「あの子、まだ私のこと怒ってるんじゃないかって心配なの。バレエ団の特別講座の枠を私が取ってしまったこと、ずっと許してくれてないから。本当はあの子が行くはずだったのに……」

 彼女はすすり泣いた。

「あの子の夢を邪魔するつもりなんて、決してなかったのに」

「お前が謝る必要などない」

 父がきっぱりと言い放つ。

「あの枠は、最も才能ある踊り手に与えられたのだから」

 笑わせてくれる。実力でバレエのプログラムに受かったとでも思っているのか。

 自分の可愛い娘のために、母さんが裏でどれだけ手を回したことか。

 計算し尽くされた涙で両親を操る姿を見て、私はようやく彼女の支配がいかに根深いかを悟った。

 最期の瞬間、車の中で私の体が冷たくなっていく中でさえ、結衣は彼らにとって無垢な愛娘であり続けた。

 今夜、私が足を滑らせて転落死した本当の理由など、彼らは永遠に知ろうともしないだろう。

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六年間、身を粉にして尽くしてきた日々は、何の意味もなかったのだ。

絶望の中で目にしたのは、かつて母が手にした科学界の最高栄誉であるトロフィー。
その輝きが、私に本来の自分を思い出させた。

私はエプロンを脱ぎ捨て、白衣を纏う。
もう誰かの妻でも、母でもない。一人の科学者として、世界を驚かせるために。

数々の賞を総なめにし、頂点に立った私を見て、元夫は顔面蒼白で崩れ落ちた。
震える声で私の名前を呼び、足元に縋り付く彼。

「行かないでくれ……君がいないと、俺は……」

かつて私を見下していたその瞳が、今は絶望と後悔に染まっていた。
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